ハンセン病について

ハンセン病についての正しい知識と差別・偏見のない社会を目指して。

ハンセン病の患者・元患者の方々は、長い間、多くの差別と偏見に苦しんできました。

これまで伝えられてきた病気への誤解、人権侵害がの実態が、いま、ようやく正しく伝えられるようになっています。

ハンセン病について正しい知識をもつこと ― それが、ハンセン病に対する差別と偏見をなくしていく最初の一歩になるのです。

※冊子「向き合おう。語り合おう。いま、問われるハンセン病の過去と未来」より転載。

編集・発行:社団法人日本広報協会 http://www.koho.or.jp

政府の取り組み

【政府・国の動き】患者・元患者の方々への補償、事実検証と啓発に努める

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ハンセン病国家賠償請求訴訟の判決を受けて、国は長年にわたる隔離政策の過ちを認めるとともに、 患者・元患者の方々に対して多大な苦痛と苦難を与えたことを謝罪した。

新たな補償制度や退所者の給与金制度を設け、その上で、問題の事実検証や啓発活動に努めている。

国賠訴訟判決からの動き

「私は、ハンセン病対策の歴史と、患者・元患者の皆さんが強いられてきた幾多の苦痛と苦難に思いを致し、 極めて異例の判断ではありますが、あえて控訴を行わない旨の決意をいたしました」-平成13年5月25日、小泉総理大臣の談話により、 熊本地裁のハンセン病国賠訴訟判決が確定した。

元患者たち原告が待ちわびた勝訴。初めて謝罪の言葉も受けた。 「政府として深く反省し、率直にお詫びを申し上げるとともに、多くの苦しみと無念の中で亡くなられた方々に哀悼の念をささげるものです」

政府はこれに先立ち、問題の早期解決のため、以下のことを明らかにしていた。

・地裁が認めた一人当たり八百万~千四百万円の賠償額を基準に全国の元患者約五千人に補償するための特別立法を行う

・退所者給与金(年金)制度の創設や元患者の名誉回復措置をとる

・元患者と政府との協議の場を設ける

熊本に続いて提訴されていた東京と岡山地裁の原告とも和解の見通しとなり、原告総数千七百人を超えたハンセン病訴訟は終結に向かっていった。

国の立法機関である衆参両院も動いた。衆議院は6月7日、参議院は6月8日に「ハンセン病に関する決議」を採択し、「らい予防法」廃止が遅れたこ となどを患者・元患者に謝罪した。 「ハンセン病療養所入所者等に対する補償金の支給等に関する法律」が直ちに国会採決され、6月22日に施行された。

判決を受けた和解交渉が始まり、国と原告団は7月23日に「基本合意書」を取り交わした。 厚生労働大臣と全国原告団協議会会長が調印した合意書には、以下の内容が明記された。

・名誉回復のための謝罪広告を出す

・損害賠償として和解一時金を支払う

・入所者の在園保障と社会復帰支援など恒久対策に努力する

平成14年1月28日には、非入所者と遺族についての対応を盛りこんだ「基本合意書」に調印。 非入所者については「らい予防法」廃止の平成8年まで療養所外で十分な治療が受けられなかったことなどの賠償として、 発症時期に応じた五百万~七百万円、遺族に対しては元患者一人当たりの死亡時期に応じて五百五十万~千四百万円が支払われることになった。

始まった調査と検証

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ハンセン病問題全体を検証する動きも始まった。 厚生労働省は、日弁連法務研究財団に「ハンセン病問題に関する検証会議」の設置を委託。元患者代表、療養所所長、弁護士、マスコミ関係者などで構成された 13人の委員が討議を重ねている。隔離政策が長く続いた原因や人権侵害の実態を科学的・歴史的に検証し、再発防止の提言をまとめる。 平成14年10月に初会合が開かれ、15年3 月に中間報告を提出する予定だ。

会議では、国のハンセン病政策の全体像を明らかにするために隔離政策を支えてきた法制度、医療環境など制度上の差別的取り扱いを解明する。 また、患者の被害実態の把握として、聞き取りなどを通して療養所生活や断種・堕胎の実情も調査する。

これまでに、群馬県の栗生楽泉園や香川県の大島青松園などの国立療養所に委員が出向き、重監房跡の視察や入所者への聞き取りを行っている。 さらに、すべての療養所入所者に聞き取り調査をするため、約二百人のソーシャルワーカーを調査員として各地に派遣する。

「ハンセン病資料館」拡充へ

ハンセン病問題は、その真相究明とともに、今後同じような過ちを繰り返さないために情報を整理・保存し、広く発信していくことも重要だ。

その機能を果たす施設として、高松宮記念ハンセン病資料館(東京都・東村山市)の拡充が検討されている。 厚生労働省は、平成14年5月から数回にわたって「ハンセン病資料館施設整備等検討懇談会」を開き、資料館の拡充について元患者代表や有識者から意見を聞 いている。

新しい資料館は、ハンセン病患者に対する差別・偏見を解消し、名誉回復を図る普及啓発活動の中核施設として位置づけられる。 資料管理、情報センター、展示、調査研究など各機能の充実を図り、床面積も現在の1,600から4000規模へと拡大される予定。

また、元患者が「語り部」として見学者に体験を語りかける機会の提供も重視され、検討が進んでいる。平成15年に基本計画をまとめ、17年に着工する見通しだ。

医療現場の取り組み

【医療の動き】専門医の育成と社会復帰した退所者の診療態勢の充実を目指す

二つのハンセン病療養所がある岡山県の長島。

熊野公子医師(61歳)は、30年以上前から月に一度この島を訪れ、診療を続けている。

日本ハンセン病学会の会長も勤める熊野さんの一日を追った。

「変わりはありませんか? この傷、きれいになったね」-午後の診療が始まった。

診察室の外にはすでに15人ほどの患者が順番を待っている。

ここ長島の邑久光明園に、熊野さんが通いはじめて30年以上が経つ。兵庫県成人病センターの皮膚科部長を務めるかたわら、毎月第一金曜日は兵庫から電車と車を乗り継いで長島に。本土と島を結ぶ橋がかかる昭和63年までは、船で渡っていたという。

現在は、島内のもう一つの療養所、長島愛生園でも診察する。

午前は愛生園、午後は光明園に回り、昼食をとるのもあわただしい。

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課題は退所者の診療態勢

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「今日は菌検査をしてみましょうか」。熊野さんが促し、数人が「らい菌」の検査をした。 手足や顔の数ヵ所から皮膚組織液を採取し、その場で陽性か否か判定ができる。

この日は全員が陰性。「入所者のほとんどに知覚障害などの後遺症が残りますが、らい菌が見つかる人はまれ。 ただし再燃(再発)には注意が必要です」と熊野さん。

そうした再発とは別に、現在、日本国内で新たにハンセン病を発症する人の多くが、実は開発途上国からの外国人だという。 「母国で幼児期に感染し、日本に来て発症したというケースをいくつか診ました。 もちろんハンセン病は感染力が弱いし、適切に治療すれば完治します」しかし、地域医療の現場にハンセン病の専門医は少なく、専門医を育てるための環境が整わないなど課題もある。

「一般病院の医師はハンセン病の臨床経験がほとんどなく、社会復帰した退所者の診療態勢も十分とはいえない。 後継者の育成は早急に道筋をつけなくては」と、熊野さんは懸念する。

平成14年8月、日本ハンセン病学会の新会長に選任されたのが熊野さんだ。

それに先立つ5月11日、つまり、あの熊本地裁判決からちょうど一年を迎えた日に、日本ハンセン病学会は「偏見、差別、人権侵害に苦しんでこられた方々に対し、その苦痛を取り除くことができなかったことを心からおわび申し上げます」との謝罪声明を発表した。

学会として過去の反省に立った上で、新たに熊野会長体制がスタートしたことになる。

いま、熊野さんは、病名そのものが学会の名称である点に着目し、今後は医師や研究者だけでなく、看護士、介護士、鍼灸師、ソーシャルワーカーなど、ハンセン病にかかわる専門職の方々にも学会に参加してほしいと考えている。

「同じ会場に集まって、それぞれの立場から自由に意見交換したい。もちろん、ご自身で病気を経験した方にも、体験や希望を寄せていただきたいと考えています」

今年のハンセン病学会総会のシンポジウムでは「後遺症からみたハンセン病」をテーマに取り上げる。 「後遺症こそが、かつて偏見と差別を生む元凶であったし、入所者にとっては高齢化とともに、いまも社会復帰を難しくしている要因の一つ。そうした現状を、一般に周知することも重要です」

古くからハンセン病医療に携わってきた熊野さん。医師として、学会長として、いまなお新しい役割を模索している。

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